2026年9月、格闘技ファンにとって、とても感慨深いニュースが飛び込んできました。
元プロレスラーで、現在はタレントとしても活躍する髙田延彦が、ヒクソン・グレイシーからブラジリアン柔術の黒帯を授与されたのです。
2人といえば、1997年10月11日に東京ドームで行われた「PRIDE.1」で対戦した因縁の相手。
あれから29年。
当時は「日本のプロレス界を代表する男」と「400戦無敗」と呼ばれたブラジリアン柔術の達人。
そんな2人が、今度は「選手と対戦相手」ではなく、師匠と弟子という関係で向き合っています。

今回は、この感慨深い出来事について振り返ってみたいと思います。
高田延彦、ヒクソン・グレーシー プロフィール



まず最初に二人のプロフィールを見てみましょう。
髙田延彦(たかだ のぶひこ)プロフィール
- 生年月日:1962年4月12日
- 年齢:64歳(2026年現在)
- 出身地:神奈川県横浜市
元プロレスラー、格闘家。新日本プロレスやUWFインターナショナルなどで活躍し、日本を代表するプロレスラーの一人として人気を集めました。
1997年には、総合格闘技イベント「PRIDE.1」でヒクソン・グレイシーと対戦。その後も格闘技界で活躍し、現在はタレントとしてテレビなどでも活動しています。
2018年からブラジリアン柔術を始め、2022年頃からヒクソン・グレイシーのもとに通って指導を受けるようになりました。
2024年には茶帯を授与され、柔術の大会にも積極的に出場。そして2026年9月、64歳で、かつてリングで戦ったヒクソン・グレイシーから念願の黒帯を授与されました。
ヒクソン・グレイシー(Rickson Gracie)プロフィール
- 生年月日:1959年11月21日
- 年齢:66歳(2026年現在)
- 出身地:ブラジル・リオデジャネイロ
ブラジリアン柔術を代表する世界的な柔術家、格闘家。
グレイシー一族の一員として幼い頃から柔術を学び、ブラジリアン柔術の技術を世界に広めた人物の一人です。
日本でも「400戦無敗」と称された伝説的な格闘家として知られ、1997年の「PRIDE.1」で髙田延彦と初対戦。
その後、1998年の「PRIDE.4」でも再戦し、いずれも髙田さんに一本勝ちしました。
現在はフロリダ州で柔術の指導を続けています。
そして2026年9月12日、かつて自分とリングで戦った髙田延彦さんに、ブラジリアン柔術の黒帯を授与しました。
29年前には「対戦相手」だった2人が、今では「師匠と弟子」。
この劇的な関係の変化こそ、今回の黒帯授与が大きな話題になった理由の一つです。
1997年「PRIDE.1」で、2人は戦った


まず、今回のニュースを知るうえで欠かせないのが、1997年10月11日に開催された「PRIDE.1」です。
会場は、なんと東京ドーム。
メインイベントは、
髙田延彦 vs ヒクソン・グレイシー
でした。
当時の髙田は、プロレス団体UWFインターナショナルを経て、プロレス界を代表するトップスターの一人。
一方のヒクソン・グレイシーは、ブラジリアン柔術を代表する存在でした。
当時、日本ではヒクソンの名前が一般の人にも広く知られるようになっており、「400戦無敗」という強烈なキャッチフレーズも話題になっていました。
つまり、
「日本のプロレスラーは本当に強いのか?」
「ブラジリアン柔術はプロレスに勝てるのか?」
という、格闘技ファンの長年の疑問がぶつかるような一戦だったのです。
なぜ「PRIDE.1」は、そんなに注目されたの?
高田が連敗した時は絶望しました
— るみぽん🤖💻🍆🎀👽️🦋💙🐱🌻🐰👠🍈🍈 (@Et4x7goLCVzpzi7) June 21, 2026
試合後のインタビューで高田が
『強いの上に達人の領域に彼はいる』と答えてました
おそらくヒクソングレーシーは神様です
神様に試合をして勝てるわけがないんです
そうやって自分を納得させたものです pic.twitter.com/ZKgTgWlH4D
現在の若い世代の方にとっては、
「PRIDEって何?」
「29年前の格闘技の試合が、そんなにすごかったの?」
と思うかもしれません。
実は、当時の日本では格闘技人気が非常に高く、プロレスも大きな人気を誇っていました。
その中で開催された「PRIDE.1」は、単なる格闘技大会ではありません。
「髙田延彦とヒクソン・グレイシーが本当に戦う」
ということ自体が、大きなニュースだったのです。
会場となった東京ドームには、約4万7,000人の観客が集まりました。
現在のように、インターネットで試合動画をすぐに見ることができる時代でもありません。
SNSもYouTubeもありません。
だからこそ、新聞や格闘技雑誌、テレビ、口コミなどで試合の情報が広がり、試合当日は多くのファンが東京ドームに集まったのです。
そして、この大会は日本におけるPPV(ペイ・パー・ビュー)型の格闘技ビジネスの先駆けともなりました。
大会後には、試合を収録した1万円のVHSが1万本以上売れ、その後のPRIDE第2弾、第3弾の開催を望む声につながったと、PRIDE創設に携わった榊原信行氏が振り返っています。



つまり「PRIDE.1」は、
後に大きく成長するPRIDEの出発点だったのです!
そして迎えた運命の一戦
1997年10月11日、PRIDE1、東京ドーム、高田延彦vsヒクソン・グレイシー。
— ジャン斉藤 (@majan_saitou) September 13, 2026
「この戦いを見終わったら 20世紀も、もう終わっていい」が大会コピーだったが、21世紀になっても物語は続いていた。pic.twitter.com/e9WQbwc1jz https://t.co/HIbity7Y0z
1997年10月11日。
東京ドームのリングで、ついに髙田延彦とヒクソン・グレイシーが向かい合いました。
試合はヒクソンがグラウンドに持ち込み、最後は髙田が腕ひしぎ十字固めでタップ。
1ラウンド4分47秒でヒクソンの一本勝ちとなりました。
さらに2人は翌1998年10月の「PRIDE.4」でも再戦。
この試合でもヒクソンが腕ひしぎ十字固めで勝利しています。
2人の対戦成績は、ヒクソンの2勝。
当時の髙田にとって、この敗戦は非常に大きな出来事でした。
後に髙田自身も、試合後は精神的にかなり追い込まれたことを語っています。
翌日の新聞では「惨敗」という文字が大きく報じられたほどでした。



しかし、ここで終わらなかったのが髙田延彦だったのです!
\高田延彦とヒクソン・グレイシーの「PRIDE.1」をもっと知りたい方へ/
「対戦相手」から「先生」へ
ヒクソン・グレイシーと高田延彦の練習風景。2年前のものですが、ヒクソンのインスタでアップされていることに意味がありますね……pic.twitter.com/eWaBX51ZN0 https://t.co/HIbity7Y0z
— ジャン斉藤 (@majan_saitou) September 14, 2026
それから長い年月が流れました。
髙田は2018年からブラジリアン柔術を本格的に学び始めます。
そして、ヒクソンのもとにも通うようになりました。
2022年からヒクソンの道場に通い、2024年にはヒクソンから柔術の茶帯を授与されています。
そして2026年9月12日。
アメリカ・フロリダ州ベロビーチにあるヒクソンの道場で、ついに髙田は黒帯を授与されました。



これは、当時を知る格闘技ファンにとっては
本当に胸が熱くなる光景です!
現在のヒクソン・グレイシーは?


一方、ヒクソン・グレイシーも現在66歳。
現在はパーキンソン病を患っています。
しかし、柔術の指導は続けています。
髙田は毎年のようにヒクソンのもとを訪れ、指導を受けてきました。
ヒクソン自身も、髙田について、
「私と戦った相手だったが、それを乗り越え、今は柔術一本に取り組んでいる」
という趣旨の言葉を語っています。
そして現在の髙田を「師弟関係になったことを誇りに思う」と評価しています。
かつてリングの中で激しく戦った2人が、今ではお互いを尊敬する関係になっています。



格闘技の世界だからこそ生まれた
特別な師弟関係なのかもしれません。
\ヒクソン・グレイシーの強さの秘密をもっと知りたい方へ/
髙田延彦は、今も柔術に挑戦している
高田延彦!柔術世界選手権3連覇!!! pic.twitter.com/AsLfdwjleY
— 健さま (@gogokensama) September 4, 2026
髙田は黒帯を受け取っただけではありません。
現在も柔術の大会に出場しています。
2024年には62歳で柔術大会に初出場。
その後も同年代のマスターカテゴリーで試合に挑戦し、優勝を重ねています。
プロレスラーとして長年リングに上がり、総合格闘技でも大きな注目を浴び、そして現在は60代になってから柔術に本格的に取り組んでいます。



「もう年だから」と諦めるのではなく
年齢を重ねても新しいことに挑戦する姿には、
見習いたいものがありますね!
まとめ
1997年、東京ドーム。
大観衆の前で激しく戦った髙田延彦とヒクソン・グレイシー。
そして2026年、フロリダの道場。
今度はリングではなく、柔術の道場で向き合いました。
29年前には「勝者」と「敗者」だった2人。
現在は、柔術を通して互いを尊敬する師弟です。
一度は「宿敵」と呼ばれた2人が、今では師弟として柔術を通じてつながっている。
そして髙田さんは、黒帯を受け取った後も「これからも先生の教えを乞いたい」と話しています。
29年という長い時間を経ても、まだ学び続ける。
そんな2人の姿に、格闘技ファンだけでなく、人生を長く歩いてきた私たちも、何か感じるものがあるのではないでしょうか。
これからも、髙田延彦とヒクソン・グレイシーの交流が続いていくことを願いたいですね。
PRIDE.1から29年。
あの日の「宿敵」が、今では「先生」。
なんとも感慨深いニュースです!









コメント